『攻殻機動隊 SAC_2045』感想 『東のエデン』ぶりに面白い神山監督作品

 配信開始された『攻殻SAC2045』が思った通り叩かれていたので、ちょっと擁護させてほしい。いや、面白かったですよ。今年放送されたアニメでは、『BNA』と『イド:インヴェイデッド』の次に楽しめました。僕が伝えたいのは「批判を鵜呑みにして見ないのはもったいない」のと、「放送中の『BNA』を見ろ」ということだけです。

バトーさんガチ勢による批判記事がめっちゃ伸びてた

 

 『攻殻SAC2045』は『ULTRAMAN』に続く神山・荒牧監督タッグによる新作。2019年配信の『ULTRAMAN』は個人的にいまひとつだったので、だいぶ不安がありましたが、それを良い意味で裏切ってくれた。
 神山監督は『ミニパト』→『攻殻SAC』→『精霊の守り人』→『東のエデン』までのキャリアが神がかっていて、まさにハズレなしのクリエイターという信頼があったのですが、劇場版『東のエデン』からは素直に面白いと思える作品がなかなかなく*1、今回は久々に楽しめてうれしかったです。
 素直に楽しめたと書いておきながら、ここから予防線を張っていくわけですが。

神山健治この10年で唯一にして最大の例外

 

「SAC」の続編 最も未来の『攻殻機動隊

 ご存知の通り「SAC」シリーズは大まかに『SAC(TV第1期)』『SAC 2nd GIG(TV第2期)』『SAC SSS(長編)』の3作があり、本作『SAC2045』は過去シリーズの続編的な位置付けになります。これまで公式から直接的に続編とのアナウンスはありませんでしたが、先日神山監督がTwitterで「並行宇宙のスピンオフですか?」との質問に、「SSSの先のストーリー設定ではあります」と回答していました。

 

 純粋に時代設定だけ見ると、原作2巻は2035年、『イノセンス』は2032年、『SSS』は2034年が舞台。つまり『SAC2045』の2045年はこれまでのどの作品よりも未来を描いていることになります。監督らのインタビューを読んでいると、2045年という設定はベタに“シンギュラリティ”を意識したものっぽいですね。

 『SSS』の続編的な位置付けとはいえ、ストーリーはほぼ独立しているので過去作を予習する必要は薄いです。また後述するように本作は比較的大味な物語のため、良くも悪くも見やすい内容。小難しいところも含めて魅力のシリーズだったので、初めて触れる作品として本作を推すかは人によって意見が分かれそうです。個人的には見やすい本作から遡って見ていくのもアリだと思います。


ビジュアルの難

 正直予告を見た第一印象は最悪。本編を見ても、2話の途中まではなかなかキャラのルックが受け入れ難かったです。ところが2話目が全体的に夜間の暗めな画面だったことも手伝い、自然と目が慣れていきました。

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2話の暗がりでの質感は悪くない

 一度目が慣れてしまうと、スケール感のあるアクションなど良い面がちゃんとあるのが分かってきます。どうしても違和感が拭えない人は視聴を中断して、神山監督の直近の他作品を見返してみるのをオススメします。少なくとも『009 CALL OF JUSTICE』や『ULTRAMAN』に比べて格段にリッチな画面だと分かるはずです。ちなみに『009 CALL OF JUSTICE』比だと、『ULTRAMAN』も数段リッチではあります。

 
ストーリーの難

 『SAC2045』は既に第2シーズンの制作が発表済み。第1シーズンのプロットは、大まかに前半6話と後半6話に分かれた2部構成。前半はB級ハリウッド大作風味な連作、後半は無印「SAC」を彷彿とさせる1話完結風味なエピソードです。個人的な評価としては前半6話は「可」、後半6話は「良」といったところ。傑作になれるかは第2シーズン次第だと思います。
 本作の舞台となるのは、国家間がWin-Winの関係を築くべく「サスティナブル・ウォー(持続可能な戦争)」なる仕組みを運用する世界。「世界同時デフォルト」により紙幣が価値を一度失ったことで、以前の「SAC」シリーズ以上に社会の混沌度が増してます。
 前半6話は少佐たちが『マッドマックス』風に荒廃した都市郊外で、傭兵団「ゴースト」を名乗り暴れまわるストーリー。そんな中、新たな脅威「ポスト・ヒューマン」に遭遇し、新生9課を発足させる流れになっていきます。
 その前半で問題なのは、肝心の「サスティナブル・ウォー」の描写が「『マッドマックス』の世界観でサバゲーをやる」という程度にとどまっていて、説得力に欠ける点。押井版『スカイ・クロラ』の「ショーとしての戦争」をオマージュしたといえば聞こえは良いですが、舞台設定としては難があります。

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すっかり『マッドマックス』な世界観に


 一方、7話以降では一気に旧来の「SAC」風味なエピソードになり、「これこれ」という感じが戻ってきます。ただし作中盛り込まれる風刺が「高齢化社会」「ネットリンチ」と卑近なものになっていて、SF的なセンス・オブ・ワンダーに欠けます。また「SAC」シリーズといえば「笑い男」などサリンジャーを引用しつつ絶妙にポップな意匠を盛り込んでくるのが特徴でしたが、本作では引用元が他作品で手垢が付きまくった『1984』だったりと、表層的なワクワクが後退しているのも残念。

『1984』の設定を交えた世界観考察はこちらの記事が参考になりました


 と、気になるポイントも羅列しましたが、一長一短を承知の上で、アクション的な見応えを優先するため、あえて過去の「SAC」シリーズより簡素なストーリーを採用していると好意的に見ることが可能な範囲だとも思います。


「原作以降」を描いてるのでえらい

 「攻殻」はこれまで原作2巻と押井版『イノセンス』による、「少佐が9課から去ってしまう」イメージが強く、長期シリーズにするのが難しい印象がありました。
 そもそも「SAC」シリーズ自体が「もしも少佐が人形遣いに出会わなければ?」をコンセプトにしていたわけですが、そんな「SAC」でさえ少佐は一度9課を去り、『SSS』の最後でようやく人形遣い的な存在(傀儡廻)を吹っ切ることになります。そこであらためて9課で活躍し続けられる土台が整った感がありましたが、結局その延長での続編が作られることは長らくありませんでした。
 それだけ、物語のテンションを維持しつつ、9課の活躍を描き続けるのは難しいということなのだろうと想像します。自分ではこれまで「SAC」路線の続編として、どちらかというと少佐の内面や9課の組織像の変化を取っ掛かりに、原作の「1.5巻」的なエピソードを重ねる程度のイメージしか持てていませんでした。

 その意味では、粗いなりに「郊外でお気楽な戦争ごっこが行われる世界」という舞台を新たに創作し、作品性のリセットを試みたチャレンジは評価したいところです。

 

 あとは「ポスト・ヒューマン」絡みの風呂敷をもう少し広げられるかですが、こちらはシーズン2を楽しみに待ちたいと思います。

 

 ここまでで触れそびれた点としては、OPとEDが良かったのと、タチコマが相変わらずかわいいというあたり。OPとEDは雰囲気がよくて毎回飛ばさずに見ていました。ちなみにNetflixはOPやEDを勝手に飛ばそうとするのが実に良くないですが(クレジットを見せてくれ)、設定をいじることで自動スキップを回避することができます。

*1:009 RE:CYBORG』はひねくれた怪作だったと思ってます。/【追記:初出時「良作」としていたのを「怪作」に修正しました。確かにこちらのがしっくりくる】