『風立ちぬ』感想 飛ぶシーンが怖かった

ネタバレしてるので未見の方はご注意を。
 
風立ちぬ』。まず声。庵野さんの声が非情に良かったです。主役の二郎は少年期の声優さんがとても良かったので、声が切り替わった直後は流石に違和感がありましたが。しかしサバの骨のシーンでは思わずうなりました。
以下、庵野さんの学生時代のエピソードです。

山賀 それでバス停でね。庵野はバスを待ちながら、ライターの火をボーッと見てんですよ。遠くから僕は別の友達とそれを見てたんだけど。友達が宇宙人を観るような目つきで「庵野って気持ち悪いよなぁ」って。「なんでライター持ってんだよ。あいつタバコ吸わねえんじゃないのか」って。
竹熊 ああ、炎の動きを見てたわけだ。
山賀 口の中で何かブツブツ言いながら、炎をずーっと見てるんですよ。で、僕は……変な人を見ると、寄って行って、話をしたくなる性分なんですね。周囲は庵野から遠ざかって行ったんだけど(笑)。「なんで火見てんの?」って聞いたら、「いや、リピートでいけると思うんだけど……」って。僕は「リピートってなんだ?」って(笑)。
竹熊 リピート。循環動画ってやつですね。
山賀 彼の意識はもう作り手になってるから。アニメで炎を描く場合、リピートにしなきゃ、プロの仕事としてはできないわけです。
竹熊 同じ動画を何度も循環させて、炎を表現するわけですね。そうしないとセルがもったいないから。
山賀 枚数だけかかっちゃうから。プロの仕事は、いかに少ない枚数でそれが表現できるかが勝負になるわけだから、彼はそれを研究してるわけですよ。そのへんからかな、庵野に興味を持ったのは。
「クイック・ジャパン」Vol.18 pp.160-161

クイック・ジャパン (Vol.18)

クイック・ジャパン (Vol.18)

 
庵野さんがこういう人物だからこそ、あの役柄に起用したのだろうなと。そして近年はやたら愛妻家だし。そんな人柄がにじみ出てる声。
 
また、『風立ちぬ』は飛行機が飛ぶ描写が流石に素晴らしかった。しかしそれは単純に浮遊感の気持ち良さなどによったものというよりは、色彩の美しさやテーマとの複合技という感じで、これまでの作品とは違った印象を受けた。例えば、同じ航空機を題材に扱った映画ということで、先日『紅の豚』を見返したのだが、そちらはもう、初っ端の浮遊感による気持ち良さが鮮烈だった。それに比べ、『風立ちぬ』の飛行シーンはなんだか違うのだ。最初の二郎の夢の中での飛行などはわりと単純に見ていて気持ち良かったが、その他の飛行シーンでは例えば「墜落」のイメージなどがつきまとい、浮遊の気持ち良さには不安や恐怖のようなものが寄り添っていた。この飛行シーンにおける不穏さの理由については、二郎というキャラクターが孕んでいる矛盾や狂気に理由があるようだと、帰宅後色々な人の感想を追っていて理解できてきたのだが。
飛行機のエンジン音に人の肉声が用いられているのは、独特の効果があったと思う。時におかしく、時に不穏さをにじませながら、飛行機に命を吹き込んでいた。これについては後からアニオタ保守氏の文章で、飛行機のエンジン音と関東大震災の地響きが地続き的に描かれてるという指摘になるほどと思った。
 
以上のような理由で、『風立ちぬ』は単純に爽快感が無かったとする感想には共感し難い部分がある。その典型としては、某超映画批評家の意見などがある。こちらはハックルさんが糾弾していて笑ったが。
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その他の感想では、岡田斗司夫氏のものが流石だった。ニコ生配信された動画がタイムシフト非対応のため、現在岡田氏が運営しているSNSクラウドシティ」内でしか正当な手段では見ることができないのが残念である。一応、togetterに簡単なまとめは存在するようだが。だがYouTubeを探せば(ry
宮崎駿監督「風立ちぬ」 感想 - Togetterまとめ
togetterのまとめでも微妙に触れられているが、岡田氏の指摘で面白かったのが、劇中で二郎が女性達に向けている視線の話。これは鑑賞中うっすらとしか気づかなかった。主人公が菜穂子と運命的な恋に落ちている面が強調されがちだが、実は彼は女性を常に意識していて、しかしそこになかなかアプローチがかけられないでいたというのだ。
岡田氏は他にも二郎の「美しいもの」に対する素朴な愛情が狂気じみたレベルであるとの論を展開していたが、これはそのうち他の所でもきっと話す事のはずなので、興味ある人はそちらを待とう。
とにかく、二郎はそうした無自覚な狂気に対して潜在的に罪悪感があり、そんな自分に身を捧げてくれた菜穂子に対して、最後の「ありがとう」があるのだろうなと。
 
二度、三度見ることで発見も多そうだ。近くまた劇場に足を運ぶと思う。