ピングドラム9話感想(Part 3/4) 高倉家の世界

9話のサブタイトルは「氷の世界」。「かえるくん」の本を持ったペンギンが映るやいなや、すぐさまサブタイトルが映ってエンディング曲が流れるという、流れるような超絶ファビュラス展開だったので、初見時は「灰色の水曜日」のシーンと同じく、わけが分からないままにテンションが上がりまくったものだが、あのサブタイトルの意味は分からなかった。調べてみてすぐ、井上陽水の同名の歌にちなんだものという事は分かったのだが、『ピングドラム』ではこの曲の「何と」かけてあのタイトルにしたのだろうか。

「氷の世界」の歌詞を見てみると、しょっぱなから「リンゴ」という言葉が出てくるので、まずはそこで納得した。もう一つあるとすれば、曲のタイトルそのものにもなっている「氷の世界」という言葉。本編をパっとみて「氷っぽい」ものは出てこなかったので自分なんかは気づきにくかったのだが、「プリンセス・オブ・ザ・クリスタル」というプリクリ様の正式名称を思い返してみて欲しい。そう、直訳で「氷の世界のお姫様」と呼べるではないか。陽毬は例のブロイラー施設で選ばれた特別の存在となったが、だとすると、氷の世界とはブロイラー施設のことなのだろうか。ついでに言うとプリンセスがいるのなら、プリンスがいるというのが道理だ。あの「運命の人」と呼ばれた少年がもう一人のプリクリ様(プリンス・オブ・ザ・クリスタル)なのだろうか。また、それは、9話のアバンでペンギン帽を被っていた少年(=夏目マリオ?)と同一人物なのだろうか。(マリオの名前は9話のエンドクレジットから推察)
 
また、陽毬は眞悧に「どうしてそんな心映えの良い女の子が、あんなことになってしまったのだろうね」と聞かれた際、プリクリ帽や「KIGA APPLE」と書かれた林檎で記憶を復活させていない状態であるにも関わらず、「わからない」と答えている。「わからない」と答えているということは、その事についての記憶事態はあるということだ。「あんなこと」とは何なのか。これもまた、視聴者に提示されていない情報であるようだ。高倉家の両親の行方や、陽毬が不登校になった理由などの他にも、高倉家の人間達は視聴者に対し何か隠している事がありそうだ。いや、しかし隠しているという言い方は正確ではないかもしれない。高倉家の中で共有されている秘密の情報があるようなのにも関わらず、彼らは生活の中で、他人が居る、居ないに関わらずその部分に触れようとしないからだ。隠しているというよりは、皆で見て見ぬ振りをしているようにも見える。
「問題についてはとりあえず見て見ぬ振りをして、『仲良し家族』状態を保てる努力をしよう」。そういう暗黙の了解が、現在の高倉家にはできているのではないか。そして、その了解は彼らの両親の謎と関わりがあるのではないか。だからこそ5話において無粋にその領域へと踏み込んだ叔父に対し、冠葉は声を荒げたのではないか。
両親の不在、そして、暗黙の了解の下で繰り広げられる「家族」のロールプレイ。苹果ちゃんがはじめて高倉家に遊びにきた際、冠葉が両親の写った写真を隠したのはリンゴにそうした部分に不用意な突っ込みをさせないためだったのではないか。冠葉のそんな行動に対し、晶馬は微妙な顔をするだけだった。
そういえば晶馬があの微妙な表情をしたのは、あれが始めてではない。1話の水族館でペンギンを見て喜ぶ子どもとその両親が家族家族している場面に出くわした時などもそうだった。あのとき部妙な表情をした後に晶馬が言った事と言えば、「お土産を買いに行こう」という、陽毬の意識を逸らすための言葉だった。
ここまで書いていて面白い事に気づいた。写真の場面でも、水族館の場面でも、敏感な反応を示し、「高倉家の絶対領域」を侵犯させまいと働いていたのは冠葉と晶馬だけではないか。というか、むしろ水族館などでは陽毬はペンギンについて盛り上がる家族を興味深そうに見ていた(9話の回想ではペンギンを見て騒いでた少年は「ペンギン帽子を被った少年=マリオ?」だったが、1話ではそうではなかった。9話は陽毬の夢の中での回想ということで、記憶が混濁して、一般の少年と運命の王子様であるマリオのイメージがごっちゃになったのだろうか?)。特に焦っているようではなく、かといって他の幸せ家族に対して嫉妬を浮けべているようでもなかった。水族館での晶馬と陽毬の反応の違いは初見時にどことなく引っかかった所ではあったが、考える材料がまだ少なかったので、自分はなんとなく見過ごしていた。しかし、陽毬に失われた記憶があるらしいと分かった今になって振り返ると、もしかして陽毬と兄達とで共有されていない記憶があるのではないかと思えてきた。
眞悧が「あんなこと」と表現したことについては、陽毬は記憶を持っていた。その部分に関しては兄達とも共有された情報なのだろう。しかしそれよりも古い記憶であり、陽毬からは抜け落ちている「こどもブロイラー施設」にまつわる情報が、実は兄弟たちにはある(または「知っている」)のではないか。
しかしもし仮に、兄達が陽毬にそうした情報を隠しているのだとしても、そこに悪意などはなくて、やはりひとえに「陽毬のために」なのだろう。プリクリ様に「ピングドラムを探せ」と命ぜられる前から、冠葉と晶馬はどこかで陽毬を欺きながら、なんとか「高倉家」の体裁を保ってきていたのかもしれない。苹果ちゃんの「陽毬ちゃんを見てればわかる。あなたは自分の都合の良いように、表面的に家族の形を取り繕っているだけじゃないの?」という鋭い突っ込みに対して晶馬は激昂したし、確かにあれはそうした「欺き」を言い当てられたからなのだと考える事ができる。しかし本当に欺いていた事実があったのだとしても、晶馬のあの怒りようを見るに、やはり何かやむを得ない事情があっての事のように思える。
(→次の記事にもうちょっとだけ続く)