「めるまがbonet」にエヴァコラムを寄稿しました(ちょっとだけ裏話)

突然の告知になりますが、僕の書いたエヴァコラムが「めるまがbonet」さんで掲載されることになりました(というか既に掲載されてます)。

めるまがbonet[ 第8号 ]

「bonet」は批評家の村上裕一さんが主催されているウェブメディアで、現在批評家の坂上秋成さんなどと結託して、「OEP (Our Evangelion Project)」という企画を進めてらっしゃいます。
今回のコラムでは『シン・エヴァ』についてと、この「OEP」について書かせて頂きました。「OEP」とは平たく言えば、「俺達の考える最強の『シン・エヴァ』」を実際に脚本として作ってしまおうという、下手すると黒歴史一直線な素敵企画。しかし参加者の方たちの熱意は本物で、傍から見ていても傑作が出来上がる予感が漂ってるんですよね。
ただ外部の者からすると、「傍から見ざるを得ない」という状況はもどかしくもあり、企画会議の盛り上がる様子がユーストで配信されているのを見ても、どうせ自分がたいしてコミットできないのであれば……と、出来上がるものを楽しみにしつつも、やや遠巻きに眺めていました。
今回コラムのご依頼を頂いたときは、OEPの企画意図に沿いつつ、僕の考える『シン・エヴァ』像について何か書いてみないかというお話でした。当初はシンプルに自分が観てみたい『シン・エヴァ』像について書くつもりでいましたが、上記のような気持ちの反動として、いざ記事を書き始めてみると、次第にOEPの企画自体についてやんややんやと論じてみたくなる衝動がw
結果的に自分の期待する『シン・エヴァ』そのものについて論じつつも、僕からみた「OEP」の印象などについても語っている内容となりました。
bonet編集部のほうからは少しくらいであればブログに掲載してもおkと言われてますので、半分に満たない程度ですが、区切りの良い範囲で以下に載せておきます。
 

『シン・エヴァ』に期待するライブ感覚とコミュニケーション
 
今回は「僕=さめぱが思い描く『シン・エヴァ』」と、「OEP
(Our Evangelion Project)」をテーマに
記事を書かせて頂くことになりました。複数の批評家や作家の叡智
を結晶させたOEPに対し、一介の『エヴァ』ファンに過ぎない僕
が何かしら意義のある『シン・エヴァ』像を提示するにはどのよう
なアプローチが可能なのでしょうか。
 
■『シン』で一番観たいもの
『ヱヴァQ』が公開される前、『Q』の内容を予想できた人間はど
れだけいたでしょう。おそらく99.9%以上の人は、冬月の髪の
後退すら予測できなかったはずです。それもそのはずで、これは
 
(中略)
 
■新劇場版を作る上で必要な武器
ところで、この記事の冒頭では一介の『エヴァ』ファンである僕が
OEPに立ち向かうことの難しさをちらつかせました。しかしこう
した困難は、OEPという企画そのものに当てはまるものでもあり
ます。OEP版の『シン』脚本は今後、否応なく庵野版の『シン』
と比較されることになるわけですから。
 
さらに言えば、それはそのまま当の庵野監督達にも言えることで、
エヴァ』が膨大な二次創作を背景に持つコンテンツとなっている
以上、二次創作的な側面を併せ持つ新劇場版シリーズが、その他の
二次創作と比較されることは避けられないことです。そしてその際
庵野監督達にとって重要となるのが、自分達の作品をどれだけ他
の二次創作と差別化できるかという点でしょう。ポイントとなるの
は「細部のブラッシュアップ」なのか、「他を圧倒するエンタメ」
なのか、「旧作以上の迷走」なのか……。いずれにせよ、『エヴァ
の看板を背負って映画を作るからには、他の追随を許さない何かが
必要となります。
 
そう考えると、しばしば取り沙汰される「ループ説」のようなもの
が、新劇場版シリーズを作る上でいかにコスパの悪いものであるか
に気付かされます。『RE−TAKE』でも『まどか☆マギカ』で
もいいですが、ループを扱った傑作が世にこれだけ存在する中、今
更この要素を中心に据えた『エヴァ』を作るのは費用対効果があま
りに低いように思えます。
 
■『シン』を誰に向けた作品として作るか
少し話がそれたので、ここで根本的な問題に立ち戻って考えてみた
いと思います。『序』や『破』には分かりやすいエンターテインメ
ント性があり、多くの観客の支持を得ました。ところが『Q』では
それが一転し、内容が随分マニアックな方向に振れていました。こ
れを承け、『シン』は誰に向けて、どのような作品として作られる
べきなのでしょうか。
 
このことはUstream上で行われたOEPの会議でも論点となっ
ていました。印象的だったのは大間さんと坂上さんのやりとりです。
「『シン』とはあくまで新劇場版4部作の完結編にあたるものであ
り、新劇場版にしか触れたことが無い新規のファンでも楽しめるよ
う、4部作にきちんとした一貫性を持たせるべきだ」とする大間さ
んと、「『エヴァ』と名のつく作品を手がける以上、旧シリーズを
はじめ、その他の膨大な二次創作群を包括したものにすべきだ」と
する坂上さん、といった構図だったかと思います。ust内では、
最終的にはふたつの考えが両立可能という結論に達していましたが、
あそこで垣間見えた問題は重要なことのように思えました。
 
2006年、最初に新劇場版シリーズの制作が発表された際、庵野
監督による所信表明が公開されました。そこでは、庵野監督がアニ
メーション本来の面白さを一人でも多くの人に伝えたいということ
や、本来アニメーションを支えるファン層であるべき中高生に向け
た作品の必要性について書かれていました。こうした姿勢は、『序』
から『破』にかけて一貫されていたように感じられます。ところが
『Q』は、旧シリーズで見られたような自閉性からは一線を画しつ
つも、これまでの新劇場版シリーズとは似ても似つかないバランス
感覚で作られているようでした。このような変化は、『Q』がこれ
までより狭い範囲の人々に向けて作られたことを意味するのでしょ
うか。
 
(...つづきはめるまがbonetで!w)
 

 
また、合わせて告知させて頂きますが、脚本状態となった「OEP」が掲載される予定のミニコミ誌「BLACK PAST」において、OEPとはまた別に、なぜかレビュー等で参加させて頂くことになりました。

BLACK PAST ホームページ

聞いた限りでは、僕なんかが混じっていて良いのかというくらい豪華なエヴァ本となるっぽいです。
こちらは発行されるのが4月末となるので、詳細はおいおいお伝えできればと思います。