『ライオン』はフクフク人生

 実を言うと僕の羽海野ファン暦は浅いです。『3月のライオン』の2巻発売時に何気なく手にとったライオン1巻がきっかけなので、2年弱と言ったところ。「青年誌で将棋を題材に少女漫画家がエヴァやってる!」1巻を読んだ時の感動は衝撃的と言うほか無かったですね。
 1巻の奥付を見たらどうも2007年に連載がはじまっているらしいことが分かりまして、2007年といえばヱヴァ序の公開で世間のエヴァ熱が再燃してきてた頃ですし、ネット上はきっとエヴァ – ライオン間の比較や考察で溢れているに違いないと思い、当時すぐググってみたんですよ。検索結果の3〜5ページ目くらいまで探してみたが・・・結局まともに比較してるサイトは1件しかみつからなかった(笑)それがこちらです→香子萌えの俺が3月のライオンについて本気出して考えてみた | カノボク。
 とりあえずリンク先の記事を読んで欲しいんですが、まあ、非常に香子萌えのバイアスがかかった人が書いてらっしゃるんですよ。で、そこが重度のアスカスキーだった僕の心を掴みまして(笑)高校三年の冬、受験真っ只中にも関わらず悶々とエヴァとライオンとリンク先の記事と自分の意見についての考えをすりあわせた中二病電波をリンク先のコメント欄にぶちまけてしまったのですw
 いやはや今回読み返してみてびっくりしたのが、つい二、三ヶ月前に書いたライオン感想(昨日うpしたもの)と似たことをこの時点で書いてることですね。このとき心残りだったのがあちらのサイトの管理人さんから返事があったのにも関わらず、返信する時間が無くて長文コメを書き逃げしたような形になってしまっている点・・・。今更こんな一方的な取り上げ方しちゃってるし、ちょっと後で直接謝っといたほうがいいかもなぁ。あの時はすみませんでした。
 というわけで手前味噌ですが、以下当時の僕の考えを引用掲載w あちらのブログの感想へのリアクションとして書かれてるので、先にリンク先の記事を読んでもらえるとスムーズに読めると思います。

どうもはじめまして。
3月のライオン」「エヴァ」のワード検索でこのサイトにたどり着きましたw
いやはや、やはり同じような事を感じている人がいるもんですね。
いや、正直に言うと逆になぜ、この2作の類似点を上げている人がこんなに少ないんだ、とも思いました。
ナガセさんと同じく、最初にエヴァエヴァセンサーがビビっときたのはしょっぱな1話目の1〜2ページ目ですね。「あれ?エヴァっぽい?」と。
実は羽海野先生の作品を読むのは3月のライオンがはじめてなので、ハチクロについてはまったく知らないんですが、これは・・・面白いですねぇ。
さらにぶっちゃけると読み出したのが2巻が出たころで、もう本当にバリバリの新参ですが、思ったことをコメントしてみます。
記事内でナガセさんも上げていますが
>零くんにとっての将棋とはなんなのだろう?
決定的にああこれはエヴァだなと思ったのはまさにこの点です。
具体的には、例えば零くんが将棋の神様と契約を結ぶシーン。
あれはシンジくんが逃げちゃだめだを連呼しながらエヴァに乗るのを決意する場面と一緒だと思うんです。
シンジくんは他に自分が必要とされる居場所が無かったから、消去法でエヴァに乗らざるを得なくなります。そして紆余曲折を経て、TV版最終回では消去法の結果だろうとなんだろうと、その時点で自分が置かれている状況を精一杯生きることに意義を見出します。
3月のライオンの芯の部分、零くんの成長は、上記のシンジくんの成長と同じベクトルの、いかにして「現状」を肯定して生きていけるか。それを発見する話になるだろうと思うんです。
で、それを一番最初に示唆したのが1話冒頭の香子のモノローグであることから、この物語が「はじめに香子ありき」であるというナガセさんの主張には超賛同します。
あ、言っときますけど決して僕も香子萌えだからとか関係無いですよw

それとフクフクに関してなんですが、零くんは話の過程であかねさんのフクフクや色んな人との出会い中で成長していきます。そして物語りの最終段階で零くんは、食うか食われるかの修羅の世界でもそこで生きていく自分を肯定し、意味を見つけ出すだろうと思うんです。
そして、その時の零くんの心はフクフクになってると思うんですよ。というのもフクフクの反対ってやさぐれた心だと思うんです。だからナガセさんが言う、フクフクの反対が将棋の世界っていうのはいまいちピンと来なかったんですが。うーん、どうでしょうかww
すみません、なんか短くコメントするつもりだったのにずいぶん長々と書いてしまいましたw

以上引用終わり。
 これは2巻時点での感想なので、今読み返すと『3月のライオン』が「香子ありき」であるとする考えにはなんだか違和感がありますが、話の大筋の捉え方としては昨日とかにアップした今の考え方に通ずるものが多いのが分かってもらえると思います。特に『3月のライオン』が零くんの幸せ追求の話であるとする僕の意見に対しては「カノボク。」の管理人さんも

フクフクに関するご意見は、自分も正直過剰に
反発しすぎたな、と反省しています。何人かの
友人にも同じようなツッコミを入れられました。

グレグレさんのご指摘のとおり、この作品は
「フクフクか修羅か」というような強制二択の
世界観ではないですね。自分があかりさんの
母性に引き込まれるあまり、反動でこんな貧しい
読み方になってしまいましたが、本編では
あかりさんに限らず、いろいろな人との交流で、
零くんのやさぐれた心があたためられていく、
という展開になりそうな感じがしますね。
将棋の世界に身を置くなら、フクフクは捨てて
修羅になれ、というのはいささか乱暴すぎました。
まったくもって「フクフクは正義!」ですw

というように同意してくれていてですね、そうなると「カノボク。」さんの記事の冒頭で出てくる「クラナドは人生」をパロった部分が実はかなり真を衝いているなぁと思えてくるわけです。

262 名無しんぼ@お腹いっぱい 2008/06/28(土) 11:19:21
いい加減3月のライオンを将棋マンガと勘違いしている奴うぜぇ
将棋マンガじゃないし
ハチワンダイバーの方がよっぽど将棋マンガ

288 名無しんぼ@お腹いっぱい 2008/06/28(土) 11:28:40
将棋マンガじゃなかったらなんなのよ

300 名無しんぼ@お腹いっぱい 2008/06/28(土) 11:31:22
>>288
フクフク…かな?

俺は将棋には興味を抱かないけどあかりさんのおっぱいに魅入られた

304 名無しんぼ@お腹いっぱい 2008/06/28(土) 11:33:02
>>300
うわぁ・・・・

306 名無しんぼ@お腹いっぱい 2008/06/28(土) 11:33:57
>>300
( ;∀;)・・・

311 名無しんぼ@お腹いっぱい 2008/06/28(土) 11:34:55
>>300
(ノ∀`)

 
 さてさて、それでですが、何故いまさらこんなものを引っ張ってきたかと言いますとですね、上記のコメントを書いてから半年後くらいに発売された『3月のライオン』の3巻の巻末にですね、作者の羽海野先生が自分のことについてこんな風に書かれていたのですよ

―ウミノという人間はなんといいますか
巨大なネガティブエンジンを4基搭載した巨大生物のようなもので
そのエネルギーの巨大さといったら「空も飛べるはず☆」な程でありまして……
時にそれが暴走を始めると
ウミノ本体が「ゲリオン的な何か」になってしまったりする事もあるわけでして……
 
※強調は引用者による

 もうね、最初にこの作者コメントを始めて読んだ時はガッツポーズでしたね。自分がかねてより提唱していた“読み”が後押しされた気がして。ただこうなってくると怖いのが、「君さ、ライオンとエヴァの類似性ってそれ、作者が巻末コメで言ったことを鵜呑みにして後からドヤ顔で力説してるだけだよねwww」とか言われることです。これでは「ああ、ライオンとエヴァの関連性?それ俺三年前から言ってたわ〜w」というミサワ状態に浸れないではありませんか!恐らく細かく探せば羽海野チカ先生とエヴァとの関係は『3月のライオン』どころか『ハチクロ』の時代から色々言われていたのでしょうが(それこそ上記コメントの引用元であルブログ「カノボク。」さんではハチクロエヴァの関係について触れられてますし)、それでも3巻のあの作者コメントを受けてエヴァと『3月のライオン』を関連付けたブログエントリは増えたのは間違いないみたいですし・・・。というのが、このブログ開設前の自分のコメントをひと様のブログから引っ張ってくるという禁忌を犯した理由ですw
 ちなみにあちらのコメント欄で私見をたれ流してる中二病患者が僕であるという証拠は当然のことながら何もないです。強いていうならハンドルネームを「グレグレ」としていた理由が言えるってことだけ。それも言ったもん勝ちじゃないかと言われればそれまでなんですがw 理由はズバリ、当時グレンラガンにハマっていたから!・・・・ああっそこの貴方、どうか引かないでw
 
 ちなみに当時は少なかったですが、今ググると他にもエヴァと関連付けた面白い記事がチラホラ見つかりますね。中でも個人的に面白かったのがこちら→http://tomonodokusho.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-1d7f.html(「3月のライオン」は羽海野チカエヴァである | ともの読書日記)
 ちょっと引用させてもらいます

主人公の「桐山零」の名前も「綾波レイ」に因んだものかと思われます。(複雑な「綾」に対する直線の「桐」。「波」に対する「山」。カタカナに対する漢字のファーストネーム。少女に対する少年。と、意識的にコントラストが作られています)
それに加えて、零の義姉のサディスティックな物言いは、『エウレカセブン』のアネモネ的なキャラクター設定になっているなあ、と僕は思いました。

 他の部分の感想や考察も面白いんですが、この零くんのネーミンングについての部分は単純になるほどと驚きました。「零」って名前は露骨だなぁとつねづね思ってましたが、まさか苗字にもネタが仕込まれてたとは!これは気がつかなかったなぁ。そうだと決め付けるわけではないけど、かなりそれっぽい考えだと思います。ちなみにリンク先の記事で香子をアネモネ的と言ってますが、そっちには全くもって同意できないですね!香子はアスカ的です。(断言w)
 アネモネがアスカ的だというのには特に言いたいことはありませんが、とにかく香子はアスカ的なのです。そしてアスカは俺の嫁なので、その理論でいくと当然香子も俺の嫁です。そして「シンジ君は僕なんです」理論で『3月のライオン』を見た場合、当然零くんは僕ということになるので、後藤さんが零くんの主観でめちゃくちゃネガティブに描かれた序盤の描写は凄くしっくりきます。最新刊で香子とイチャイチャしてた後藤さん許すまじ。ちなみに「いや、その理屈はおかしい」というツッコミは受け付けますが、受け付けるだけで多分僕の考えは変わらないでしょうw
 
・・・・・・・・・・・・・・・
追記(11/28):「カノボク。」さんで使われてた「クラナドは人生」パロの部分が実際の2ch書き込みではなく、ただのネタだったことが判明したため微妙に本文微修正w
×「「カノボク。」さんの記事の冒頭で引用されている2chの以下のレスがかなり真を衝いているなぁと思うわけです」
→○「「カノボク。」さんの記事の冒頭に出てくる「クラナドは人生」をパロった部分が実はかなり真を衝いているなぁと思えてくるわけです。」