『3月のライオン』 5巻感想 : ボクの知らない物語

 というわけで『3月のライオン』5巻感想です。基本的にネタバレ全開なので未読の方はくれぐれもご注意を。
 
 羽海野チカ恐るべし。この巻も素晴らしすぎました。何より凄いなと思ったのが1巻からのストーリーの持ってき方。
 成長しては落ち込んで、三歩進んでは二歩下がってと繰り返してきた結果、零くんはなんだかんだで最初に比べるとずいぶん前向きなヤツになった気がします。そしてそれは零くんの描写のされかただけでなく、作品内で描写されてる物の範囲にも表れているように感じるのです。零くんが自分のことでいっぱいいっぱいだった序盤では「零くん自身」にまつわる描写がひたすら多かった。「将棋」に関連する描写であれば、「将棋を指した零がどのように感じたか」という描写が多かったし、「幸田家」に関連する描写であれば「幸田家の人々について零がどう感じたか」が描写れていた。割と零くんの主観に近い描写が多かったわけですね。
 そのことが一番最初にあらわになったのが、2巻の最後のほうの松永さん(ヨボヨボのじいさん)との対局ですね。「何を考えてるんだか分からない老人が来た!」とキョトンとしている零くんが、実は松永さんから見たら「美しい死神」に見えていたという所です。ここが最初のターニングポイントだったと思います。
 この発展形として、零くんの成長、視野の広がりと共に作品自体の語られる視点が変わってきたように感じます。その例に、たとえば零くん以外の人のモノローグが多く入るようになったことなんかが挙げられるのではないかと思います。これは特に4巻後半の島田さん編からですね。他にも5巻の内容で言えば島田さんと島田さんの故郷のおじいちゃん達との触れあいや、宗谷名人と熊倉九段の対局について零とは無関係な場所で意見を述べ合う会長達とかも、零くんがいる場所以外のところで行われた会話が多く、印象的でした。
 そしてそれらの最たる例として挙げられるのが5巻における後藤と香子の描かれ方だと思います。今までは相当な極悪人として描かれてきた後藤ですが、今回は様子がかなり違う。今までは後藤が「むかつくやつ」だという零くんの主観に基づいた描かれ方をしていたのに対して、この5巻では後藤の人間的な“弱み”のようなところも描かれます。これには僕としては意表をつかれた感じで驚きました。しかも畳み掛けるように描写される、「零の知らない香子」。読者としても今までは「どこかに闇をかかえた香子」しか知らなかったわけで、なんとなく香子が後藤の被害者であるというような認識が(少なくとも僕には)ありました。しかしどうも必ずしもそうでは無いっぽい、というのが突然提示されたわけです。この作品世界の広がり方にはゾクゾクしましたね。
 そんなこんなで5巻の最後なんかでは零くんの中でさらなる革命が起こってるっぽいですし。いよいよストーリーのほうも大きく動いてきましたし、次の巻がひたすら楽しみでなりませんね。とりあえず明日は単行本の続きが読める雑誌のほうを買ってこようかと思います。ちなみに今日外出先から帰ってきてヤングアニマル買い忘れたと気づいたときは発狂しそうになりましたw