2020年に観る『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』

 『ヱヴァ序』が全国劇場で限定公開中なので、『ヱヴァQ』を観たのと同じ新宿バルトナインで観てきた。主に4Dや4DXでの上映が宣伝されているが、実は通常上映も行われている。

f:id:samepa:20201206003401j:plain

www.youtube.com

 

 2007年の『序』公開当時、ネット上ではよく作品未見の人たちが「テレビ版と変わらない総集編なのではないか」と訝しむ声を見かけた。また最近では、新劇場版はテレビ放送やDVD・BD/配信で観たのが初めて、という新規ファンも少なくないと思う。

 巡り合わせ次第では自分も同様の境遇になっていた可能性がある。なので、もし今その両者に声をかけられるなら、“あなたが既に観た作品と、劇場で観る『序』は全く別物である”と伝えたい。これを読んでいる時点で『序』の再上映が終了していた場合を思うと少し申し訳なくなるが、その場合はきっといつか行われるイベント上映などで是が非でも劇場鑑賞してもらいたい。今回の『序』の再上映は基本的に2020年12月10日までだ(※初出時に日付を間違えていたため修正しました……/12月9日)。

 

●劇場で観る『序』は全く別物

 先日『ラブ&ポップ』を見返した際にあらためて思ったことだが、庵野作品では“音”の演出が抜群にうまい。そのこだわり様ははしばしば偏執的で、旧劇場版ではわざわざ「DTS版」として音響強化版を別途制作しDVD化していたくらいだ。

初めて購入した「エヴァ」のDVDがこれだったが、買ってはみたものの自宅の再生環境がDTS仕様のディスクに対応しておらず、その後当分の間、友人の家でしか観られなかったという切ない思い出がある

 

 これまで我が家の視聴環境は音響がとても貧弱だったのだが、先月PS5のついでにヘッドセットを購入したことで、映像鑑賞時の音響面で意外なほど恩恵を得た。この組み合わせで『ラブ&ポップ』を鑑賞したところ、以前自宅鑑賞したときとの印象の違いに驚いた。モノローグ、雑踏の環境音、あるいは「無音」演出……庵野作品ではこれらの組み合わせが、映像的な快楽を増幅させる。

  で、先ほど劇場で観てきた『序』である。これまで幾度となくテレビ(のスピーカー)や、PC(のイヤホン)越しに観たヤシマ作戦とは全くの別物で、呆然としてしまった。作戦室で四方から飛び交う専門用語、計器類の操作音、エヴァ使徒の咆哮、鷺巣劇伴、映像編集……劇場で観る『序』では、これら全てが渾然一体となって、ヤシマ作戦の結末で最高潮になるよう計算されていた。

 『序』は公開当時に劇場で5回観ていたのに、その後繰り返し自宅環境で見返す内に、当初の感動が“自宅仕様”にスケールダウンした形で上書きされてしまっていたようだ。鶴巻和哉が『龍の歯医者』制作時に庵野を音響監督に指名したエピソードがあるが、今回『序』であらためて、庵野の音響監督としての手腕を思い知らされた。

 また、『序』公開当時はフィルム上映だったので、今回はDCP上映によるクリアな映像なのも新鮮だった。夜闇に浮かぶ初号機の蛍光っぽいグリーンの映え具合が後退してしまうのでは……というところだけが心配だったが、杞憂だった。やはりスクリーンで観る初号機とサキエル(第4の使徒)戦は至高である。

 

●『Q』と『シン・ゴジラ』後に観る『序』

 音響や視覚面以外にも、『Q』と『シン・ゴジラ』の後だからこそ覚える面白さもあった。

 「全てシナリオ通り……」と繰り返すゲンドウやゼーレが、仮に『序』の時点で『Q』のような未来を予見していたとしよう(『序』の時点では制作陣すら『Q』の内容を想定していたとは思えないが……)。『序』の冒頭で軍人らに「残念ながら君たちの出番はなかったようだな」などと嫌味を言われ、「やれやれ」といった具合にやりすごすゲンドウと冬月のコンビは、それだけでシュールで面白い。

 そんな斜に構えた目線で観ていてもやってくるのが、否応なく盛り上がるヤシマ作戦である。シンジが恐怖にすくんでしまい、ゲンドウが狙撃手をレイに交代するよう命じるシーンで、ミサトが次のように割り込む。

 

f:id:samepa:20201206005222p:plain

ミサト「待ってください!」

ゲンドウ「……!」

ミサト「彼は逃げずにエヴァ乗りました。自らの意思で降りない限り、彼に託すべきです」

 

 ここでのミサトは、『序』あるいはテレビ版第1話の冒頭で「乗りなさい」「何のためにここに来たの?」などと無責任にのたまっていたころとは雲泥の差である。これはシンジの手を引いて対話を試み、リリス使徒の秘密を開示してまで信頼関係を築こうとあがいた末に、新劇場版だからこそ言えたセリフだ。ゲンドウが『Q』を想定していてもなお「……!」と動じてしまうほどの人間ドラマが『序』で描かれていたのだと思うと、なんだかうれしくなる。

 

 少々前後するが、ラミエル(第6使徒)のビーム攻撃により昏睡状態となったシンジが、夢の中で印象的な問答を行う。その中にこんな一節がある。

シンジ「嫌なんだよ、エヴァに乗るのが。上手く行って当たり前。だから誰も褒めてくれない。失敗したらみんなに嫌われる。酷けりゃ死ぬだけ。なんで僕はここにいるんだ」

 

  “「エヴァ」はくり返しの物語”とは庵野の言だが、今見ると、このシンジのセリフが『序』の公開時以上に、『Q』を経た庵野の心情にシンクロしているように聞こえてくるので面白い。

 『シン・ゴジラ』の所信表明庵野は、エヴァ:Qの公開後、僕は壊れました。所謂、鬱状態となりました。6年間、自分の魂を削って再びエヴァを作っていた事への、当然の報いでした」と明かしていた。

 そんな庵野が、その上でなお「エヴァ」を作っている。この日に観た『序』は、ミサトの「私も、初号機パイロットを信じます」という言葉がいつにも増して印象的で、またそれに対するゲンドウの返事が「任せる。好きにしたまえ」だったことに過剰に意味を見出したくなってしまった。

 『シン・エヴァ』公開まで50日を切っているという実感が、否応なく増してきている。