『ダークナイトライジング』感想:ベインの「革命」描写が雑な理由

先日三回目の鑑賞も終えて、個人的には作品に対する評価が「雑な部分もあるけど、それを補ってあまりある超エンタメ映画!」という所に収まりつつあるわけですが、どうしてもひとつ自分の中で納得いかないところが。
正直、本作とオキュパイ・ウォール・ストリートの関係性については、一回目の感想で面倒くさくて思考停止した状態で放り投げてしまったままな所がありまして…。ですが本日町山智浩氏のポッドキャスト(→http://www.enterjam.com/?eid=5706#sequel)を聞いていて、やはり一度考えをまとめておこうという気になったので、今回その辺ぼちぼち書いてみます。いつにもまして妄想で書いている部分が多いので、ツッコミ所があれば是非ご指摘下さい。涙目で対応させて頂きます。
 
まずは町山氏がポッドキャストで行った、ベインのゴッサム支配描写に対するツッコミを引用させてもらいます。ポッドキャストの32分あたりからです。

  • ベインはアメリカ全土を脅してゴッサムを支配するが、ここでなぜか「貧しい者のためにやった!金持ちから財産を奪おう!」という話に。しかしそれに対する市民の反応が描かれないので実感が沸かない。それで喜ぶのか?怒るのか?分からない。以前から金持ちに対する貧乏人の不満があったかどうかも分からない。ベインの行動がゴッサム市民にとってどういう意味を持つのか全く分からない。
  • 実際現在アメリカで起こっていることとして、金融業界・ウォール街の人達が引き起こした金融崩壊がある。株の売買に全く関わりのなかった普通の庶民たちの仕事が株の売買をギャンブル化していった人達によって奪われた。金持ち達に支配されているアメリカを庶民の手にとりもどそうとする運動がオキュパイ・ウォール・ストリート
  • バットマンのシナリオはこの運動の前に書かれたということになっている。だからクリストファー・ノーランはこれはフランス革命における恐怖政治を描いているのであって、オキュパイ・ウォール・ストリートと直接は関係無いと言っている。しかしこれはちょっと無神経。
  • シナリオが書かれたのがオキュパイ・ウォール・ストリートが起こる前だとしても、2008年から金融関係の諸問題は起こっていた(金融経済によってアメリカ経済と世界経済が崩壊。バブルが作り出されたことによってアイスランド経済も崩壊)。
  • 金融業界の放埒な動きが問題となっていたのはずっと前から。それを考えないでシナリオを書いた作業自体がおかしいのと、シナリオを書いて撮影が始まるときにはオキュパイウォールストリートは起こっていたので、そのことを考えなかったというのはあまりにもおかしい。
  • (直接関係が無いと言うのなら)それでも良いのだが、証券取引や不正にたいして怒った人たちを警察官が弾圧するという形になっている(ポスターとかも)のはエンターテイメントとして考えると…。
  • ウォールストリート占拠せよ運動をやった人達に対して、警察官が唐辛子スプレーをかけたり、警棒で殴ったりが問題になった記憶が皆にある状態。しかも経済崩壊や失業問題が続いている状態で、警察官による貧乏な人達の抗議行動(への弾圧)を正当化するという話にすること自体は、はっきり言ってあまり筋がよくない。商売としてもこれは上手くない。
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前回感想からの繰り返しになりますが、僕はベインの目的を以下のように解釈しています。

  1. 革命を勃発させて、一瞬だけ大衆に夢を見せる
  2. 革命の過程で旧体制の腐敗を暴く
  3. 革命の結果社会が荒む
  4. 革命でも社会は良くならなかった、革命前に戻ったところで腐敗が待っている→ゴッサム市民絶望
  5. 核爆弾でゴッサムを吹き飛ばすことでアメリカや他の西洋諸国に政治的メッセージを発信

 
こうしたベインの目的は故・ラーズ・アル・グールの思想を汲んでいます。しかし映画としては、「革命を起こす」という作戦の第一段階は明らかに現実のアメリカ社会の雰囲気を踏まえたものでしょう。ここで「明らかに」と断定口調で言い切ったのには理由があって、町山氏が指摘するように、作中で「金持ちに対する貧乏人の不満があったかどうか」が描かれていなさすぎるからです。革命に至る経緯が殆ど描かれていない。こうした描写不足に対する不満は町山氏に全く同感で、これについては前回の感想でも触れました。

備考:『ダークナイト ライジング』ネタバレ感想(その2):「RISES」の名に偽りなし! - さめたパスタとぬるいコーラ

 
一応セリーナ・カイルが金持ちのパーティで貧乏人代表としてブツブツ文句を言っていたり、ベインの証券取引所襲撃場面に駆けつけた警官が「俺の金じゃねーし」とアピールしてたりしますが、それで大衆の憤りが十分描写されていたかというと、やはり全くもって不十分なのです。現実のアメリカの社会状況を踏まえて観なければ、説明不足で意味不明と感じても無理はないレベルです。
しかし現実のアメリカを踏まえて考えるとなると、町山氏が言うように、ちょっとアレな問題が出てきます。映画内の暴徒がオキュパイ・ウォール・ストリート参加者を戯画化したものではないか、という点です。
ですが、やはり僕としてはこの映画がオキュパイ・ウォール・ストリート参加者をストレートに風刺していたとは思えないのですよね。というのも、最終的にベイン軍として戦う人達が、一般大衆を代表しているようには見えなかったからです。最終的なバトル構造は「警察VSベイン軍」ですが、ベイン軍がどういった人達で構成されているのか、イマイチ判然としません。「革命」後のゴッサムには一般大衆以外にも、元々ベインが従えていた傭兵部隊と、元々デント法によって投獄されていた極悪人なんかが沢山いるからです。ベインは「市民軍を結成する」と言いますが、その宣言と平行して映し出されるのは武器を持ち監獄からぞろぞろと出てくる囚人達です。「革命」勃発時には一般大衆が大暴れする様が少しばかり描写されますが、彼等がその後どういった生活を送っていたのかは殆ど描かれていないのです。
ですので、個人的には、最終的なベイン軍というのは、一部に市民を含むものの、殆どがデント法で投獄されてた人々で、その他一般大衆の殆どは家でガクブルしていただけだと思っています。勿論、「革命」後の一般大衆の様子があまりに雑に描かれているため、この解釈には議論の余地があるとは思いますが…。
 
僕の考えるように、ゴッサムで最終的に暴れていたベイン軍の人達(自称「市民軍」)が殆どデント法で縛られていた極悪人などで構成されていたとなると、それはともすれば「オキュパイ・ウォール・ストリート参加者は大衆の代弁者足り得ない一部のならず者の集まりに過ぎず、叩きのめしてしまうことこそジャスティス!」というホットな意見の比喩とも受け取れそうになります。ですが、実際映画を観ていて、流石にそこまで過激な主張をしたかったようには見えませんでした。
疑問なのが、何故こんなヒヤヒヤものな主張に見えてしまいそうな構造となってしまったのか。ここからはさらに個人的な想像が入りますが…ノーラン側が脚本執筆をあくまでオキュパイ・ウォール・ストリートの前に行ったと主張している点に注目します。
ダークナイトライジング』はやはりもとより、「金持ちやウォール街の人々に対する過剰に攻撃的な主張を腐す」という方向性はあったのだろうと思います(その名残は最終的にも残っているように思います)。そうした主張を風刺的に描くプランとしてノーラン兄弟が思いついたのが、フランス革命と『二都物語』だったのでしょう。元は、金融業界などへの不満の声には一定の理解を示すものの、過剰な金持ち批判については『二都物語』をモデルに明確に否定しよう、という意図があったのではないかと思います。
ところがそうして作っていたフィクションに現実が追いついてしまった。本当にオキュパイ・ウォール・ストリート運動が始まってしまい、しかもそうした運動が広い支持を集めてしまった。さらにはそれとセットで、弾圧を行った警察のネガティブなイメージが印象付けられてしまった。
元々は、実在しない「オキュパイ・ウォール・ストリート的なもの」を批判する予定だったのに、実際にオキュパイ・ウォール・ストリートが起こってしまった。オキュパイ・ウォール・ストリートそのものを直接批判的に描くとなると、それはちょっと違う。日和った制作者側は、既にストーリーの大幅改編を行うことができない段階にまで来ていたので、もはや大衆の存在をボカしてしまう他には手がなかったのではないか。そのためベインの革命ゴッコが何をやりたいんだか良くわからない中途半端な描かれ方になってしまったのではないか。というのが現時点での僕の仮説です。
結果的に町山氏が言うように「無神経」に見えてしまったのなら、なんとかして他のやりようを考えるべきだったのではないかという気はしますね。
この仮説については、監督インタビューなどで脚本改変歴などが明らかになってくれば明確に正否が分かるはずなので、今後そうした裏事情が分かって来たらまた言及しようと思います。
 

町山氏によれば、今回公開されたポッドキャストが「添削」で、次週公開される後半部分では「代案」が提示されるらしいです。氏のこれまでのツイート内容に僕の妄想を加味すると、

  1. ベインの革命ゴッコの前に大衆の不平不満をきちんと描く
  2. ベインの扇動に共感し、大暴れする大衆をきちんと描く
  3. その後革命がうまく行かず、社会が荒んでしまったことによる大衆の失望をきちんと描く
  4. ベインの悪巧みが表沙汰になり、大衆が一層絶望
  5. バットマン復活!バットマン&警官隊VSベイン軍
  6. バットマンに続けと大衆も立ち上がり、バットマン&警官隊&市民軍VSベイン軍

みたいな話になるのではないかと予想。違ってたらごめんなさい、この辺ポッドキャストを聞いたら追記すると思います(笑)。