天元突破銀河美少年! : 輝きのタクト25話感想

こうきたか!というやたら熱い最終回でした。まさに完全燃焼。
なんだかんだで最後まで展開が読めない作品で、正直途中とか大いに内容を読み違えてたりした訳ですが、終ってみれば不思議と不満が残らない実に楽しいアニメでした。
特にヘッドがらみの話が思っていたものとかなり違っていて、彼が失ったも・・・というか彼の物語とかは本当にどうにもなってない気がするんだけど、全体としてみると本当に“颯爽”としていて気にならないという。その辺のさじ加減が絶妙というかなんというか、最終的には不思議と良いアニメだったなぁとしみじみしてしまうというか。
観終わった直後は心地良い放心状態だったんですが、そんな中ツイッターを眺めていたら漫研のルイさんが僕がオツムの処理能力の問題でタクト感想を言語化できずにモタモタしてた所を颯爽書き綴っていたのでこの際勝手にコピペ引用!w(ここでは多くのタクトツイートの中から共感したものとかを勝手に抜粋してるだけなので気になる人はリンク先に飛んで通して読んで下さい。)

タクトは最後まで迷う事がなかったけれど、それは超人だからではなく物語開始以前、幼馴染に憧れた日に道を定めたからなのでしょうね。心の内の銀河を輝かせ、青春を謳歌する。スケールが極大に到達しても彼の「見えている」ものは3人の風景。足元を見ているから、見誤らない。 #sutadoraless than a minute ago via SOICHA

 

EDの後ろで後日譚を描けない事はない。それはあのクオリティで最後まで駆け抜けたボンズの作画体力がその実績で断言できるし、ぼくらも疑いなく確信できる。だからこそ「その上で描かない」事に人生の冒険に対する、どこかだけを抽出しない広い眼差しが伺えた。総合芸術。 #sutadoraless than a minute ago via SOICHA

 

謎が解き明かすべきものではない(何故なら、僕らの人生にはわからないまま通り過ぎるものが多々あるから)なんて事は、もう【ナデシコ】あたりでも言っていたのにまだ謎謎言っているのですかー。個人的には謎とか副部長とか良いので、ヘッドをもうひと殴りしたかったw #sutadoraless than a minute ago via SOICHA

 

タウバーンとザメクの宇宙決戦の中、2人の「運命の人」に出会ってしまったワコの苦悩が語られるのは非常に良かった。全編通し、最もワコを好ましく思えた。ワコもすでにこの先の人生という冒険を観ていたから、目先の勝敗を語らない。最後にスガタも一緒に観る、その順番。 #sutadoraless than a minute ago via SOICHA

 

ヘッドの物語はヘッドの側でなんとかしなさい!…そのくらいこの作品における「親子の物語」は、そうみせながらも周到に回避されている。それはヘッドに冷たくもあり、優しくもある。「父」としての役割を求めず、いちキャラとして殴り捨てられたのだから、起き上がるのも自由。 #sutadoraless than a minute ago via SOICHA

 

タクトが知り得た情報の少なさは不安を呼ぶ。彼を攻撃した「青い炎」はヘッドの青春観そのもの。でも、足元の最も大切な最小単位を見つめ、その為にその都度必要なものを目指していれば惑わない。「やりたい事」は今あるものから…最低限のルールはこれくらいですよ、ヘッド! #sutadoraless than a minute ago via SOICHA

 

あとはみんなで、1番良いヘッドの後日譚を書き合いましょうw #sutadoraless than a minute ago via SOICHA

 
うんうんそうそう、実に僕の考えを代弁してくれてるわー実は僕もこの通り考えてたんだわー(嘘
いや、ミサワネタはおいといても実に納得のいく解釈です。なるほどなー。
今になって以前自分が書いたタクト最終回予想を読み返すと本当にいろいろ読みちがえているのが分かります。『「ヘッド=父」というのがブラフなんじゃないか?』みたいな表面上のギミックを読み違えていたのは「あちゃーww」と笑って済ませておくとして、『最終回では「三角関係」やら「ツナシ家の父子関係」やら「途中退場した巫女のその後の物語」やらの何から何までがフォローされるんじゃないか?』という、『輝きのタクト』というアニメの全体像を捉え違いしてたのが案外一番ショック(良い意味で)だったかもしれません。
例えばヘッドについては件の最終回予想でも、「40過ぎても若いままの容姿で「ゼロ時間ガー!旅立ちの日ガー!サカナちゃんガー!」とか言ってる石田彰キャラに突然父性の欠如を突きつけるとか、碇ゲンドウに向かって真っ当な父親になれと突然求めるよりも断然無茶振りな気が」すると言いましたが、それがまさかルイさんが言うような「ヘッドの物語はヘッドの側でなんとかしなさい!…そのくらいこの作品における「親子の物語」は、そうみせながらも周到に回避されている。それはヘッドに冷たくもあり、優しくもある。「父」としての役割を求めず、いちキャラとして殴り捨てられたのだから、起き上がるのも自由。」という描かれ方をされるとは思わなかったのです。これは凄い力技だけど、それが許されるくらいキャラ描写は積み重ねてきてましたから、してやられたという感じです。
 
・・・あれ?なんか気がつけばせっかくの最終回感想なのにヘッドの話ばかりしてるなw
いやね、やっぱり好きなんですよ、ヘッド。ダメ親父ダメ親父言われてるキャラですが、「父親」という秤で裁かれてしまうのが気の毒でしょうがないんです。明らかに青春で挫折しちゃってて、明らかに「父親」になるためのモロモロを経験していない人なわけじゃないですか。なので同じく健全に青春を謳歌できなかった人間としてはつい同情してしまうといいますか・・・w
しばしばヘッドがウテナの暁生のコンパチキャラとして語られてるのを見るのも辛いですね。ヘッドは「暁生のように失敗したキャラ」なのではなく、「成功できなかったフリクリのナオ太」のようなキャラなんじゃないかな!と、なんとなく言いたくなってしまうのです。
 
それと丁度ウテナのタイトルを出したので少し触れときますが、『タクト』って予備知識として『ウテナ』を知っている分には良いですけど、「『ウテナ』を『タクト』のために観る」必要は全くないアニメでしたね(笑)
僕はタクト放送開始前に予習のつもりでウテナを観ましたが、ウテナがあまりにもインパクトの強いアニメだったので、それを引きずってしまって、続けざまに観たタクトの視聴に支障をきたすレベルでしたw
両作品を分けて考えられるようになったのは双子編あたりからですからね。(分けて考えられるというだけでウテナ自体は未だにひきずってますが。
うん、これからタクトを観ようという人に無闇にウテナを進めるのはやめておこうw
 
というわけでこの上なく素敵な最終回でした。スタッフの皆さん本当にありがとう!万が一劇場版を作るなら是非ヘッドとサカナちゃんのラブロマンスを作って下さいね!(最後がおかしい)