『ポケットが虹でいっぱい』でエウレカに裏切られた人。『エウレカセブンAO』でエウレカに裏切られた人。『ハイエボリューション1』でエウレカに裏切られた人。その人達に『ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション(以下、ANEMONE)』を観てほしい。
こちらは続編『EUREKA』の感想
映画『ANEMONE』は間違いなく傑作だ。エヴァンゲリオン新劇場版シリーズ……ほどとまでは宗教上の理由で言えないが、そんなタイトルを引き合いに出したくなるほどの傑作がひっそりと上映3週目を迎えようとしている。
初対面のエウレカファンに「一体エウレカの何が好きなんですか?」と喧嘩腰で尋ねて回る程度にはエウレカアレルギーだった私が三度劇場に足を運び傑作認定をした『ANEMONE』をあなたも観るべきなんだよな。
— さめぱ (@samepacola) November 22, 2018
正直エウレカシリーズ自体が前述の『ポケ虹』『AO』『ハイエボ1』と、いろいろと難しい続編展開をしすぎたせいで、すっかり敷居の高いコンテンツと化してしまった印象がある。それでも本作『ANEMONE』に限っていえば、ぶっつけで観て全く問題ないと声を大にして言いたい。なんなら原点のテレビシリーズ『交響詩篇エウレカセブン』を全話観ていなくとも、少しでも作品やキャラクターに思い入れがあるのなら、今すぐ劇場に走ってほしい。
『ANEMONE』は「ハイエボリューション3部作」の2作目にあたる。つまり前作『ハイエボ1』が存在する。だが未見の人は、とりあえずそちらは観なくても良い。むしろ、過去になんらかのエウレカコンテンツに触れた経験があることのほうが前提として重要な気がする。以下、ネタバレを交えつつその理由を説明する。
未見の人に映画を勧める記事でネタバレとは何事か? と思われるかもしれないが、本作はネタバレを知ったところで面白さが減ることはないし、むしろ見てみたくなる仕掛けになっている。
星になった続編たちの「弔い合戦」
『ANEMONE』はエウレカシリーズから脱落した経験がある人にこそ刺さる作品になっている。
最大のネタバレをまず書いてしまうと、本作では、これまでのエウレカシリーズが全て「レントンが死んでしまう世界線」であり、「レントンを生き返らせようと繰り返し試みたヒロイン・エウレカの夢だった」という衝撃の夢オチ設定が明かされる。
「ANEMONE」というタイトルの通り、主人公はアネモネの方で、エウレカはむしろ悪役として登場する。舞台はパラレルワールドっぽい2028年の日本。アネモネもテレビシリーズと同一人物ではなく、新たなキャラクター“石井・風花・アネモネ”として登場する(惣流・アスカ・ラングレーに対する式波・アスカ・ラングレーのような感じだ)。
本編中で夢のメタ構造を把握しているのは、夢の当事者であるエウレカと、狂言回しとして登場するデューイ・ノヴァク(先日亡くなった辻谷耕史に代わり、藤原啓治が声を務めている)の二人だ。特にデューイは
「お前たちが見ているエウレカセブンはエウレカセブンではない。偽りの神が創っては破棄したゴミの山だ。お前たちがやってきたことはごみ処理以外の何物でもない。しかし、それも間もなく終わる」
(パンフより引用)
と、半ば過去のエウレカシリーズに対する自虐のようなセリフを投げかけてくる。無論作品として自虐しっぱなしで終わるということはなく、ここからの反転させて「過ちを許す」モチーフが巧みに描かれていくことになる。
エウレカはレントンが死ぬたびに世界を再構築し、生存するルートを模索していた。だが新たな世界を作り出すたび、その副作用としてアネモネが生きる日本では“エウレカ”と呼ばれる毒素を伴う超自然現象が発生し、億単位で死者が出る事態となっていたことも発覚する。これは新作を出すたびにファンから死者を出していたエウレカシリーズそのもののメタファーのようでもある。
『ANEMONE』とはそんな何億人もの人々を殺してきたエウレカを「許し」、その結果物語が再び前進し始めるまでを描いた作品なのである。過去に「エウレカ、許せない!」と憤った経験がある人にこそ見てもらいたいのはまさにこれが理由で、その感情が強ければ強いほど、作中で「エウレカ」の罪が許される瞬間のカタルシスは増幅する。
『ハイエボ1』は予習しなくても良い
『ハイエボ1』を観たとき、数年に一度の事故物件だと思った。冒頭28分とラスト2分間の新作映像は傑作なのだが、その間に挟まれる1時間弱の総集編パート*1が地味で複雑すぎた。2005年のアニメを復活させる手法として、どう考えても不親切すぎる。これについては監督も
「作り始めた頃は、もっと王道のボーイミーツガール映画を目指していたのですが、諸般の事情でかなりトリッキーな構成の映画に『1』はなりました」
といった形で、制作経緯のイレギュラーさを匂わせている。
また、当初続編のタイトルが『ハイエボリューション2』になる予定だったにもかかわらず、後に宣伝側からナンバリングを避けたいと要求され、本当に『ANEMONE』へと改題してしまったというあたり、『ハイエボ1』に対する世間的な風当たりの強さも伺える。
とはいえ『ハイエボ1』は全く見どころがない作品ではなく、特にラスト2分間のレントンの旅立ちは、行き詰った状況から抜け出そうともがく作品自体を象徴しているようで、読後感は抜群に良い。『ANEMONE』を観て気になった人はぜひそちらも観てほしい。
ただ、繰り返すように『ANEMONE』を観るにあたって『ハイエボ1』を予習する必要性は薄いと思う。
エヴァからの開放、エウレカからの開放
『ANEMONE』本編でメタ構造を把握しているのはエウレカとデューイだけだが、「終わるに値する世界なんて存在しない」「(命を賭して散っていく人たちの)あの煌めきがあるから私はエウレカセブンにたどり着くことができる」といったセリフに象徴されるように、ドミニクやアネモネといったキャラクターたちが時に迷いつつも、最後は自分たちの置かれている状況を理解し、行動に移していく様はひたすらに心地良い。
『THE END OF EVANGELION』において 「僕の現実はどこ?」の問いかけに「それは夢の終わり」と突き放したのに対し、『ANEMONE』が辿り着いた「ここは現実だよ。もう夢なんて見なくて良いんだよ」という結末も、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の荒野を経た今だからこそ描けた景色のようで清々しかった。
エウレカテレビシリーズの原理主義者であれば、全てを夢オチにされるなど血管が切れてもおかしくない後付け設定だ。にもかかわらず、そのメタ性が本筋のドラマと適切な距離を保っているのがすばらしい。映像としても活劇としてまず、見て・聴いて楽しい作品に仕上がっている。
『アネモネ』の世界では7年前の事件で4桁以上の人たちの命が失われ、そこで父親を亡くしたアネモネの「喪の仕事」が描かれるわけだけど。東日本大震災も7年前なわけで、そこは意識してないわけがないんだろうなとは思った。 https://t.co/syAcSsuAR2 pic.twitter.com/Cm7ARoQU4M
— さめぱ (@samepacola) November 10, 2018
また本作は、7年の月日の経過を描いた物語でもある。アネモネは7歳で父を亡くし、7年後に再び父の死と向き合う構成。タイトルに「セブン」を冠した本シリーズが、東日本大震災からちょうど7年というこの年に、こうしたテーマを打ち出してきたことに意図を感じてしまうのは考え過ぎだろうか。
いずれにせよ、単純に活劇としても快楽性が強い、劇場で観るに値する、この冬屈指のアニメ映画に仕上がっている。
追記
裏切られる以前に、テレビ版の『交響詩篇エウレカセブン』がそもそも……というブコメをいただいた。
エウレカに裏切られたあなたが『ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』を観ないという不幸 - シン・さめたパスタとぬるいコーラ
裏切られるもなにもエウレカなんて最初から期待するアニメじゃないと思うなあ。最初のTVシリーズからして、極上のキャラデザ、作画、桁違いに出来の良い数話にみんな騙されすぎ。通してみるとなんじゃこりゃ。
2018/11/24 01:48
個人的にも序盤や48話、最終話あたりの一部話数を除いて、中盤以降のギスギスした展開は好きではないのでこれはとても良くわかる。しかし『交響詩篇エウレカセブン』でエウレカに裏切られた人すら救う傑作なので、そんなあなたにも『ANEMONE』を観てもらいたいのだ。