見てきました。『さらざんまい』以後の幾原邦彦最新作として必見。新キャラ・プリンチュペンギンの扱いは天才でしたね。以下感想……というか、観に行こうか迷ってる人に向けた記事です。
結論から言えば、テレビ版の『輪るピングドラム』を見たことがないけどちょっと気になっている人、そして、テレビ版を当時見た(あるいは途中で挫折した)人に観てもらいたい作品でした。ちなみに、理由は後述しますが“劇場版のためにテレビ版を予習復習する”のはお勧めしません。
テレビ版の『輪るピングドラム』は人によっては一生ものの作品なのでとにかく観るべきなのですが、昨今は1クールアニメ全盛時代なので手が出しづらいのも理解できます*1。また、過去いろいろな人に布教してきた経験上、序盤でのシリアスとコメディが混在する展開に翻弄され、振り落とされてしまう人が一定数いる印象もありました。そんなあなたにオススメしたいのがこちらの劇場版。
幾原監督は劇場版の見どころについて次のように語っています。
幾原 10年経って、ちょっと傲慢な言い方をすると、世間が『ピングドラム』に近づいたかなと思う。10年前は結構エッジのある作品として作ったつもりなんだけど、今の世の中のムードの方が『ピングドラム』をリリースするタイミングに合ってるような気がする。
木村昴 へえ……! 今こそ。
幾原 今こそ。
木村 あらためて見返すにも良いタイミングだし、初めてこの作品に触れるにも良いタイミングだと。
幾原 そう、だから見たことがない若い人たちにもぜひ見てほしいと。予告作るときにすごく意識したのは、テレビシリーズは細かいディテールとか、不思議なミステリーがあったりして、初見の人はなかなか見づらい部分もあったのではないかと思ったんだけど。映画を作るにあたって今回は、「2人の兄弟が妹を助けるんだ」ということをシンプルに打ち出せてる作品にしたいと思った。だから予告のときにも「妹を助ける話だ!」っていうのを最初に打ち出して、映画を編集するときもやっぱり「妹を助ける話なんだ!」っていうことだけに集中したっていう感じかな。
幾原監督がこう豪語するように、今回は非常に「見やすい」ピングドラムになっています。
本作はもともと表面的にはコミカルながら、キャラクターはそれぞれ悲痛な境遇にあります。テレビシリーズでは目を背けたくなる内面を丹念に紐解いていきましたが、劇場版ではそのあたり割合ざくざくと突き進んでいく印象。このあたりもまた「見やすさ」に寄与していると感じました。
また、幾原監督は今回はあくまで「映画」として成立するよう、情報のコントロールに苦慮したといろいろな場所で語っています。
幾原 一見テレビと同じシーンがあったとしても、テレビってコマーシャルが入るじゃないですか。だから、だいたい業界でいうと「Aパート」「CM」「Bパート」という構成で作られているんだけど。だいたいAパート=10分ちょっと、Bパート=10分ちょっと。10分ちょっとっていう秒数をどう切り分けるかというのがテレビなんだよね。緊張するとか、泣けるとかっていうのも10分の尺の中でコントロールするものなんだけど。
映画は基本的に2時間で、2時間観客は椅子に縛り付けられるわけじゃない。そこで観客にどういうリズムを感じさせるのかというのが映画の仕事で。だからそのリズムを作れるかどうかというのが1つミッションで。テレビのフィルムを使ってるんだけど、一回完全にそれをバラバラにすると。同じつなぎ方をしていても、ちょっとコマ数を変えたり間尺を変えたりしてるのね、同じ展開でも。そこでスピードをコントロールしているのよ。
なので冒頭でも触れたように、“劇場版のためにテレビ版を予習復習する”のではなく、劇場版は劇場版として観た方が楽しめるのではないかと思います。
僕も試写会*2はあえてテレビ版を見返さずに参加し、一般公開の直前にテレビ版の該当話数を見返してから再見しましたが、テレビ版の記憶が薄れた状態で観た初見時の方が楽しめました。
劇場版は総集編+新規パートを組み合わせたつくり。予告編が公開された際には、やはり桃果の新しい変身姿といった新規パートが注目されました。
ただ正直、「前編」時点でそこはまだ賑やかしの域を出ていないように思います。主体となっているのは、あくまでも映画というフォーマットに「RE:cycle」された『ピングドラム』。そのため、テレビ版を劇場版のためだけに予習すると、せっかく映画のリズムに変換されたフィルムを「映像素材」として消費してしまいかねません。あと、テレビ版はテレビ版で完結しているので、個別向き合ってもらいたいというのもある。
予習という意味では、直近作の『さらざんまい』を押さえておいた方がよほど幾原監督の近年の問題意識の把握に役立つはずです。詳細な感想は後編まで取っておきますが、「『さらざんまい』以後」を感じさせつつ映画として機能する見せ場を盛り込んでいたのはうまかったですね。
そして本作は「音響監督・幾原邦彦」を堪能できる作品でもあります。ご存知、幾原監督は東映動画出身で、その音響へのこだわりが『美少女戦士セーラームーン』のアフレコ現場に来ていた庵野秀明監督に影響を与えたことは有名。SEやBGMの使い方で観客の感情をコントロールする手腕をちゃんとした音響で浴びられるのが幸せでした。トリプルHの新曲がかかるシーンも最高だったので、早くサントラがほしい。
/#劇場版ピンドラ
— 輪るピングドラム公式@10周年【劇場版前編公開中🎬】 (@penguindrum) 2022年4月29日
MUSIC COLLECTION
7/20(水)発売決定🎹
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本編を彩る劇伴や劇中歌ほか#トリプルH「ROCK OVER JAPAN」に
プリンチュペンギン(CV:#上坂すみれ)が
参加したスペシャルバージョンも収録🐧
🍎ご予約はこちらhttps://t.co/E9G1chxhus#輪るピングドラム pic.twitter.com/FGHaj1SlTj
ちなみにサントラの通販ページなどでは「後編」で登場する新録曲のタイトルも解禁済みなので、ネタバレに敏感な人はご注意を。
ネタバレといえば、本作はパンフレットが前後編共通で、公式サイトに「※パンフレットには後編の内容も含んでおります」の注意書きがあります。中身にざっと目を通したところ、後編のオリジナルパートへの言及はありませんでしたが、こちらでもやはり新録曲のタイトルには言及がありました。テレビ版後半の要素にはそこそこ触れているので、完全新規で鑑賞する人は「後編」の後に読むのが良さそう。そして劇場版が気に入ったら、ぜひテレビ版も観ましょう。
僕にとってテレビ版『ピングドラム』との出会いは、電車でふと開いたガラケーで目にした幾原監督の作品発表ツイート。そして公式サイトに表示された「きっと何者にもなれないお前たちに告げる」のキャッチコピーでした。*3
このコピーに対してはテレビ版が既に完璧な解答を出していますが、劇場版では前編の時点で、テレビ版にはなかったアプローチを見せています。果たしてこの「RE:cycle」はどこへ至るのか。
目下の悩みは、やくしまるえつこさんの「僕の存在証明」のフル版を後編鑑賞前に聴くべきか否かです。後編を踏まえた「返歌」になっている予感しかしないので。
たぶんこの「存在証明」というワードは、台本にも資料にもなかったはず。やくしまるさんはコンテや脚本を読み込んだ上で作詞をする人で、今回劇場版を通してテーマを一言で「存在証明」と表現してくれたんだと思います。
(劇場版『RE:cycle of the PENGUINDRUM』幾原邦彦監督インタビュー|今の若者にこそ『輪るピングドラム』を見てほしい【連載第1回】/animate Times より)
*1:※というのは建前で、2クール以上ある『鬼滅』が国民的大ヒットを飛ばしてるので全員テレビ版『ピンドラ』を観れば良いし、石油王は幾原邦彦に5000億円出資して2クール以上のアニメをどんどん作ってもらうべきだと思っています。完全新作の劇場作品でも良いです。
*2:※4月9日にクラウドファンディング支援者向けの試写会が川崎チネチッタで行われました。14時55分開演の回と18時15分開演の回があり、自分は18時台の回で鑑賞。前者は上映後、後者は上映前に幾原監督、木村昴、木村良平、荒川美穂、三宅麻理恵、池田プロデューサーが登壇。普段は飄々とした印象の幾原監督ですが、この日は緊張した面持ちだったのが印象的でした。
*3:※当初ティザービジュアルはランダムで2パターン表示され、もう1つのキャッチコピーは「僕の愛も、君の罰も、すべて分けあうんだ。」でした。Gigazineの記事が残っていて、今でも見られます。ビジュアルデザインを手掛けたのは続く『ユリ熊嵐』『さらざんまい』などでもタッグを組んだ越阪部ワタルさん。