『竜とそばかすの姫』感想 『サマーウォーズ』の弔い合戦、『ぼくらのウォーゲーム!』の更新

これまでの細田監督のオリジナル長編映画で一番よかったです。

見終えてまず、ようやく細田作品で『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』のインターネット描写が更新された、との感慨を覚えました。

サマーウォーズ』公開時、演出のキレに圧倒されつつも、「釈然としない」気持ちが残ったのをよく覚えています。作品の大筋が『ぼくらのウォーゲーム!』と似通っていること自体はマイナスとは思っていません。「エヴァ」の新劇場版シリーズや新海監督の『君の名は。』のように、過去作の要素に別のスパイスを足して復刻する試みは、悪いことではない。しかし『サマーウォーズ』では、インターネットを巡る描写が『ぼくらのウォーゲーム!』に比べ単純に後退しているようだったのが引っかかりました。

ぼくらのウォーゲーム!』の最も気に入っている点は、ネット民を「ありがた迷惑な存在」として描いたことでした。外野からの身勝手な声援は太一たちの足かせとなり、転じて、メッセージを転送されたディアボロモンを破滅に追いやります。善意のつもりで発せられた情報であっても大きな副作用をはらむ可能性があるとの指摘は、現代のSNSにもそのまま当てはまる鋭いものです。

ところが『サマーウォーズ』では、コンピュータウィルスが暴走する大筋こそ同じですが、インターネットがインフラと結びついた社会像をふんわり描写することに終始した内容でした。ネット民の声も一応描かれますが、『ぼくらのウォーゲーム!』にあった批評性は後退し、ラブマシーンとの最終決戦で手伝ってくれる親切なモブ集団として、都合よく描かれるのに留まりました。

こうした変化は物語の力点を「家族」に置いたからだと思いますが、その家族像も“世界の危機を敏感に察知し対処を試みる男性陣/気付かずに炊事や野球中継のことしか頭にない無理解な女性陣”のような「古さ」が随所にあり、とても素直に肯定できるものではありませんでした。

しかし『竜とそばかすの姫』のネット描写ははっきりと『ぼくらのウォーゲーム!』寄り、あるいはその先を目指すものになっていまいた。

象徴的だったのが、主人公・すずが素顔で歌うクライマックスシーン。自分と「ありがた迷惑な存在」であるネット民を区別していた『ぼくらのウォーゲーム!』と違い、『竜とそばかすの姫』では良くも悪くも、自分や友人たちもまたそのネット民の一部を構成する存在なのだという描写になっていました。そんな状況を腐すわけでもなく、「この現状でどう生きていくべきか?」を語ろうとしている点で、2021年の物語として十分強度を持っていると感じました。

あの歌唱シーンは、鈴を取り囲む群衆が“卵”のような形状になっており、そこから“逆変身バンク”と共に鈴の孵化を演出していて、ビジュアルイメージの強さもさすがでした。

 

f:id:samepa:20210718163300p:plain

鈴の“孵化”シーン(メインテーマ曲「U」オフィシャルMVより

f:id:samepa:20210718161434p:plain

巨大な卵が孵化するモチーフは初代劇場版『デジモンアドベンチャー』にもありましたね

 

親友のヒロちゃんが映画冒頭で鈴のことを「月の裏側のような存在」だと例えていましたが、Uのバーチャル空間上には常に三日月がかかっていたり、そもそも「U」という字面事態が三日月のようだったりと、その辺のモチーフの配置もうまかったなと。

f:id:samepa:20210718162919p:plain

「U」に浮かぶ三日月(予告編より

インターネットの普及が過渡期だった『ぼくらのウォーゲーム!』(2000年公開)とはネットの利用状況が大きく異るので、先見的との印象は受けませんでしたが、『サマーウォーズ』の落胆を払拭してくれただけで、個人的にかなりポイントが高い1作となりました。

 

終盤のやばい展開について

ここまで『竜とそばかすの姫』がインターネットというギミックをいかに巧みに描いたかについて触れてきましたが、作品として明らかな賛否両論点があるのを無視するわけにはいきません。

おそらく真っ先に槍玉に挙がるのは、鈴が竜の正体を突き止め、虐待親の元に向かうシーンでしょう。存在意義が希薄なおばちゃん5人組が「鈴が決めたことだから……」と未成年を1人で送り出す流れがあまりに凄まじく、初見時に思わず声を出して笑ってしまいました。

あのシーンは発端からして不自然で、児童相談所(たぶん)に通報する際に「え、48時間?」「ルール?」「その間に何かあったらどするの」といった電話口でのやり取りがありました。『おおかみこどもの雨と雪』でも自宅訪問してきた児相職員を役に立たない迷惑な存在として描いていたので、公共サービスに対する漠然とした不信感描写再び! と思いながら見ていたのですが、後で検索したところ、どうやら今回の描写は現実の社会問題を背景にしていたようです。

www.nikkei.com

 

48時間以内に安否確認をしなければならない原則が、通告全体の7.8%に当たる1.2万件分で守られていなかったという2019年の報道。しかしこれは「結果的に48時間以内に安否確認できなかった」という話であって、電話口で「ルールなので48時間後に見に行きますね」みたいな対応が行われるわけではないはずです。実際にあった出来事を下地にした点では『おおかみこども』から進歩したと言えそうですが、唐突さや情報の切り出し方の恣意性という意味では、いびつさが前面に出た描写でした。

 

そして問題の、鈴が1人で旅立つシーン。おばちゃん5人組は鈴や母親との集合写真が何度か映し出されるので、鈴を幼少時に歌の世界に導いた存在だったのはなんとなく分かります。しかし作劇上それ以上の機能を果たしておらず、終盤では置物感に加えて無責任な大人のように見えてかなりノイズを発してしまっています。

続くバス内での父親とチャットシーンも、「勝手な娘でごめんなさい」「これから旅立たねばなりません」と、いきなり遺書の書き出しと誤解されかねない文面だったので吹き出しました。あそこは父親との絆を見せると共に、面と向かってはコミュニケーションが上手く行かなくても、チャットツールを通してであれば本心が言い合えた……といったデジタルデバイスの良さを描写しようとした場面かと思いますが、やはりシチュエーション自体のノイズが大きすぎます。

虐待親と対峙する場面も、事態の深刻さに対してあまりにも都合の良い決着が成されるため、釈然としない後味です。また、虐待されてきた子供に「自分も戦う」と言わせること自体が問題、との意見をいくつか見かけました。子どもの戦意の如何に関係なく保護するのが大人の役目であるとの「建前」を捨て置いてでも、子供達に現実と向き合う強さを持ってほしいと願う細田監督の思いが暴走した結果なのかなと思いますが、それにしたってもうちょっと展開を綺麗に整理できたのではないかなと。

「戦う」と宣言した子供達を残し、とっとと帰路につく鈴の行動もなかなか衝撃でした。作中で描写が省かれているだけで、実は児童相談所に2人を送り届けた後だった可能性もなくはないですが……。

 

しかし竜側の描写がまるごと良くなかったかというとそうでもなくて。ディズニー版『美女と野獣』を引用しつつ、社会に「醜い」と烙印を押された者の救済を描いていくわけですが、そこには世間と相容れない部分を持った細田監督の自意識が織り込まれているように見えて、かなり迫真性がありました。

竜と鈴の心の交流をじっくりと描いていたからこそ、鈴が素顔を晒す場面が他人に強要されたアウティングのように映らず、特定個人に向けられた愛情に基づく行為だと素直に受け入れられました。実はここが本作に対して一番懸念していた部分だったので、うまくやってくれてうれしかったです。*1

幼なじみの忍くんが「事実上素顔を晒している竜に対して、顔を晒さないままでは言葉が届くはずがない」と詰め寄る場面は、安全圏から勝手なことを言っているようで若干腑に落ちないところがありましたが、最終的な決断は鈴が下していたので、シーンとしてのバランスは取れていたかなと。あと、忍くんだけアバターが描写されなかった件については、インタビューなりで理由を聞いてみたいですね。

 

ラストに最大の倫理観ぶっぱを連発してくるせいでアンバランスで変な映画という印象は残りますが、倫理観やジェンダー観がまんべんなくキツかった『サマーウォーズ』から『未来のミライ』までの作品群に比べると、そうしたやばさは局所的。近年最も見やすい細田作品だったと思います。

他にも、『ジョン・ウィック2』のポスターのようにカラオケでマイクを向けられるシーンや、横長なシネスコ画面を目一杯活かした廊下でのレイアウト(ちょっと『ウテナ』7話の廊下シーンを思い出しました)、信号待ちで心情に合わせて車が横切っていく演出、エンディング間際の最も気持ち良い瞬間に大写しになる入道雲など、見たかった細田演出が要所でしっかり見られたのも加点ポイント。

個人的に『バケモノの子』と『未来のミライ』が全く合わなかったので、楽しめる点がしっかりある新作が見られたのをまずは歓迎したいです。

 *2

*1:※追記:鈴が素顔を晒した後で再びベルの姿に戻り、聴衆がそれをそのまま受け入れる流れも良かったです。単純な実名インターネットの礼賛みたいになっていなかった。現実の10年後のインターネットで実名化が加速しているのか、はたまたVTuber的な方向に発展していくのか、あまり想像がつかないので、本作が10年後にどう受容されるかも気になりますね。

*2:※追記:念のため補足しますがブロックされたのは2016年ごろのことです。