『エヴァ』テレビ版感想:18話 ナディアの延長上にあるシンジの性格描写

この辺からピリピリ感が凄いことになってくる。これまでは一時停止を挟みつつメモを取りながら観ていたのだが、18〜20話はノンストップで観てしまった。
 
第18話、「命の選択を」
 
・いつの間にかアスカが徹底的にミサトと顔を合わせないようにしていたらしい。アスカとミサトの仲はいつの間にこれほど険悪になっていたのか。16話「死に至る病、そして」と 17話「四人目の適格者」では内容が内容だけにアスカがフィーチャーされることがあまりなかったが、遡って考えてみると、15話「嘘と沈黙」のラストで既に関係に亀裂が入ってたのである。
アスカとミサトの軋轢は布石として置いておき、トウジと3号機の一件でシンジを突き落とす段になって、まとめて嫌な展開を持ってきている。巧みな構成である。
・トウジがエヴァパイロットに選ばれたことをなかなか言い出せないミサト。8話の「アスカ、来日」以降、エヴァに乗る辛さというのは段々麻痺してきていて、そのピークとも言えるのが16話「死に至る病、そして」での「戦いは男の仕事wwww」というシンジの台詞。「戦いは男の仕事wwww」というテンションが、いまやもう エヴァパイロット=世界の終わり」 くらいのものとして描かれていて、あまりの落差に笑えてくる。

12話の「戦いは男の仕事」のシーン
 
・ミサトの出張中、葛城家の子守り役を担う加持さん。おもむろに加持に対し、「お父さん(ゲンドウ)ってどんな人ですか」と質問するシンジ。ゲンドウについて「最近色々分かった」と言うシンジに、「それは分かった気がするだけ」と釘をさす加持。「人は他人と完全に分かり合うことなどできないが、それによって他人を分かろうと努力する。だからこそ人生は面白い」、と、作品テーマのかなり大事な部分を語ってくれる。しかしそうした考え方に単純に辿りつけないのがシンジ君であり『エヴァ』なのだ。

 
・3号機の暴走。「人を殺すくらいなら自分が死んだほうがいい」と断固戦闘を拒否するシンジ。この時点ではパイロットが誰であるかすら不明なのに、である。シンジは優柔不断な面があったりもするが、時折こうした変な頑固さがあって良い。
特に今回の場合は「殺すくらいなら死んだほうがマシ」という、なかなかラディカルなことを言っている。普通登場人物がこうした主張をすると、「反戦」みたいなテーマに結びつきそうなものだが、エヴァ』においては純然たる庵野臭として現前しているのが素晴らしい。完全に『ナディア』の「肉は食べない」系統のキャラクター描写に感じる。*1
 
・物語上はキャラのどういった側面を描くかというのが重要なので、ここで「エントリープラグ引っこ抜いてから戦えば良いじゃないか」というツッコミはナンセンス><

 
・次回予告。「シンジはついに、自らの意思でエヴァ初号機を降りる。ミサトは、少年の憤りと、心の傷を癒す言葉を持たなかった。繰り返される二人の別離。だが、二人に関係なく進行する最強の使徒が、次の惨劇を生む。破壊され、オブジェと化すエヴァ2号機と零号機。その様を直視する碇シンジの決断。次回、「男の戦い」。」
ビデオフォーマット版の予告では三石さんが珍しく「エヴァー」ではなく「エヴァ」と発音している!wテレビフォーマット版では「エヴァー」となっているし、結構レアな事例w
予告映像ではカットの間ごとに「怒りに震えるシンジの手」が映しだされる。「手」は次第にアップになって行き、怒りの高まりを感じさせる。最後には拳が振り落とされ、初号機の目がキュピーンとなっているカットに繋がる。格好良い。



 
次回、「男の戦い」だけど、『破』の公開後に鶴巻さんがパンフレットや『全記録全集』でシンジの心の動きについての解釈を色々語っていたので、そちらも再度確認せねば。確か庵野さんとその他スタッフの間の「シンジ像」のズレについて触れていたはずなんだけど。
そんなわけでつづきます。
・次回感想→『エヴァ』テレビ版感想:19話 『エヴァ』を貫くテーゼ
・全話感想もくじ→『エヴァ』テレビ版〜旧劇場版/『新劇場版:Q』全感想目次

*1:追記:この辺の解釈は無意識に『破』のパンフや『全記録全集』における鶴巻監督のインタビューに引きずられている部分があった。鶴巻インタビューに関しては次回の感想で詳しく触れる。