細田守は嘘をつく:『おおかみこどもの雨と雪』感想

バケモノの子』があまりに『サマーウォーズ』で感じたガッカリを思い起こさせる内容だったため、3年ぶりに観た『おおかみこどもの雨と雪』の感想を書く。『おおかみこども』は『サマーウォーズ』や『バケモノの子』に比べ、話の筋がすっきりまとまっている上、偽善的で優しくキラキラした世界観が美しく描かれている。
さっそく偽善的と書いてしまったが、細田守の映画はとにかく胡散臭いのだ。以前、細田作品に不満を持つ人間のことを、映画評論家の宇多丸氏は以下のように分析していた。

細田作品ならではの拒否反応を示す人は、なんか激烈なんですよね。俺は認めない、許せん!みたいな人が結構いるのは、これまで言ってきたディテールじゃなくて、もっと根本的なところに本質がある気がするわけです。
僕の仮説はこうです。細田さんの作品の根底には健全性がぶっとく流れている。言い換えれば世界への肯定感がある。細田さんはずばり、公共のために作品を作ることが自分のモットーであると公言されています*1が、その考え方自体に「俺は違うと思う」という方はいっぱいいらっしゃると思う(中略)それを問題視するあり方もあると思うけど、逆に、例えば成功した子育てとか、理想的なお母さんとかをフィクションで描いてはいけないっていう法もないでしょうと思うんです。つまり、世界を肯定的な目で絶対に見つめる作家がいてもいいでしょうと。
(下記リンク先、31分20秒あたりでの発言)
YouTube

宇多丸さんはこうおっしゃるが、細田監督が世界をそれほど肯定的な目で見つめているとは思えないのだ。細田は『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』で、ありがた迷惑な善意をいっそ敵になすりつけてしまうという、性格が悪くなければ思いつきもしないようなクライマックスを見せてくれたのに、『サマーウォーズ』では白々しいまでの善意の元気玉で悪のウィルスをやっつけている。話の筋としてはセルフリメイクに近いことをやっているはずなのに、これほどまでに対照的な描き方をされると、公共性のある作品を志していながら、監督自身が世界を必ずしも肯定的に見れない自己矛盾を抱えているように見えてしまう。しかし、『おおかみこども』こそ、これらの自己矛盾に向き合った映画だったのだと、今回久々に観なおしたことで気づくことができた。 
『おおかみこども』では、自然の風景や家族の幸せな時間、田舎での助け合いなどがとことん美しく描かれるが、ネグレクトを疑う役所職員や、夜泣きするこどもに不寛容なお隣さんも不意に描かれたりする。こうした描写を「田舎←→都会」の対立軸で考え、『おおかみこども』が田舎暮らしを礼賛するものであるという意見を目にすることもあるが、個人的にはそうではなく、単に細田が人の善意のようなものをあまり信じていないため、終始美しいものを描こうとするとほころびが出るためだと捉えていた。今回久々に観なおして、こうした作品のほころびが、花の笑顔と重なって見えた。
『おおかみこども』の主人公・花は、親の葬式ですら、父の言いつけ通り笑顔を絶やさなかったという。この笑顔がとにかく胡散臭い。花は嬉しいときも悲しいときも笑っているので、彼女の笑顔はパッと見、喜怒哀楽のどれを秘めているか分からないのだ。しかし、いつも笑っているという設定のわりに、実際に本編を見ていくと、花は本当に終始笑顔を崩さないわけでもなく、野菜の栽培に失敗したときは不安げな表情をもらし、夫が死んだときや息子が溺死しかけた際には涙を流している。笑顔のほころびが、意図的に何度も描かれているのである。
作中でただ一人、花の笑顔に対し不快感を示す、韮崎の爺さんがいる。この爺さんは終始不機嫌そうで、花に野菜の育て方を助言をする際も、にこりともしない。しかし、後に爺さんが花にべた惚れで、村の人たちに花を手助けするよう働きかけていたことが明かされる。感情と表情が必ずしもリンクしないという点において、爺さんは花と同じなのである。このことに気づいた花が、爺さんに再び笑顔の不快さを指摘され、思わず笑い出してしまう場面があるが、ここでは不器用な似たもの同士の心の交流が、捻った形で描かれているのだ*2

『おおかみこども』という作品が、細田が自己の歪んだ部分を認めた上で、それでも前向きなメッセージや映像を作っていきたいとする決意表明だったと解釈すれば、前後作品で白々しい偽善的な瞬間があったとしても、幾分心に余裕を持って観られるかもしれない。それを確かめるためにも、近々もう一度『バケモノの子』を観にいこうという気になれた。

*1:同動画中でも超重要文献として紹介されていますが、雑誌「フリースタイルVol.7」(http://www.amazon.co.jp/dp/4939138364/)のインタビューにて、細田監督が自身の作品感などについて詳しく語っているので、読んで無い方は是非いますぐポチって読みましょう。

*2:こうした交流は、花の娘・雪と、雪のクラスメイト・藤井が、終盤で互いに一番の秘密を告白し合う場面にも見ることができる。